多くの人は自己価値が高すぎる
今回の記事では自己価値つまり自分の価値というものについて書いていきます。
自分自身にどれくらいの価値があるのか、そしてそれはどうやって決まるのか、自己価値に関して僕の考えを書きます。
まず、タイトルにもあるように多くの人は自己価値が高い、さらに言えば高すぎるとまで僕は思います。
そもそも自己価値はどうやって決まるのか。このブログの他の記事では、価値観は人それぞれということを何度も言っています。これと同じで、自分または他人がどれくらいの価値をもつかということもまた、人それぞれです。
自分の価値の大きさを自分で決めたっていい。しかし、それが他人から見た自己価値と一致するとは限りません。他の人にとっては、自分で決めた価値より高いかもしれないし、低いかもしれません。
同じように、他人の価値の大きさも自分で決めればいい。こんな記事を書いてる僕には人としてどの程度の価値があるかは、読んでる皆さんがそれぞれ決めてください。もちろん、他の人の価値を考える際、第三者やそれ以外の多数派の意見を参考にして決めることもできます。
さて、自己価値=自分の価値の大きさがどうやって決まるか、僕の考えを伝えたところで次からが本題です。
多くの人が自己価値を高く見ているという事について、これから述べていきます。
いくつか例を出していきます。
例えば風邪を引いていそうな人が近くにいたとします。咳やくしゃみを何度もしていて、かなり苦しそうです。そんな如何にも風邪を引いているような人でしたが、その人はマスクをしていませんでした。
さて、多くの人はその人に対してどう思うでしょうか。当然、「自分を含め、他の人に風邪を移さないようにマスクをしろ」と思い、中には直接言う人もいるでしょう。
しかし、これはマスクをしていないその人が悪いわけでは決してありません。自分にはその人に配慮されるだけの価値がなかっただけです。
風邪を引いているのときは、周囲の人に移さないようにマスクをするものだというのは、個人の勝手な考えです。マスクをしない人だって中にはいます。
自分は配慮されて当然の価値があると思っているのでしたら、それは自分の価値を大きく決めているのでしょう。
もちろん自己価値の大きさを主張することは自由です。簡単に言えば、前述したように直接マスクをしろと言うなどの方法で、自分への配慮を促すことはできます。
似たような例だと喫煙者やマナー違反者のようなものあります。
これらも同じように、「タバコを吸うときは周囲のことを考えなければならない」、「公共の場ではマナーを守らなくてはならない」というのは、個人的な思考に過ぎません。
自分に配慮されるだけの価値があるかは、相手が決めます。その決められた価値に納得がいかず、行動を改めて欲しい場合は何らかの方法でそれを主張するしかないでしょう。
それを相手が受け入れるかは分かりませんが。
最後にもう1つ例として浮気や不倫を挙げます。
これも、常々僕が思っていたことで、浮気や不倫をされたとき、相手にどうこう言う前に、自分には浮気されないだけの価値があったのか省みた方がいいと、僕は思います。
相手にとって自分には「決して悲しませないように努めよう」と思わせるほどの価値がなかった、ということです。
もちろん、相手を恨むも嫌うも勝手です。浮気や不倫をしてはいけないことだと思うのも勝手です。
僕も上の例の中にに1つだけ我慢できないものがあります。
タバコです。
マスクもマナーも浮気も正直あまり気になりませんが、タバコの煙はかなり苦手です。相手が身近な場合は直接言いますが、そうでない場合は、この記事で書いたように、自分には配慮してもらうだけの価値がないのだと諦めて、その場から離れますね。
